私の「親家片」体験

娘との同居で空き家になる家を親戚に格安で譲る 第2話 ~50年ぶりの娘との同居が始まる~

ひとり暮らしには広すぎる一軒家を離れ50年ぶりの母娘の同居が実現
小林民さん 横浜市・92歳

 

「ああ、天国! 天国!」

毎晩の風呂上がり。小林さんの口癖である。

 

小林さんは92歳になる現在も、誰の助けも借りず、ひとりで入浴する。湯上がり後、浴衣に着替えながら、やや照れくさそうに、それでいて部屋中に聞こえるように口にするのが日課だそうだ。

 

口癖には、同居を申し出てくれた長女への謝意が含まれているのだろう。親子とはいえ、長女は高校卒業後、進学・就職で実家を離れており、それ以来の同居。およそ50余年ぶりのことである。ひとつ屋根の下での暮らし、遠慮なくなんでもいえる親子関係に戻るには、いましばらく時間がかかる。口癖は当分続くはずだ。

 

口癖の理由はもうひとつある。小林さんは、自宅の風呂をまるで温泉のように感じているのも事実。毎夜毎夜の「天国! 天国!」は、心底からの言葉でもある。

それもそうだろう。小林さんは娘と同居するまでは、ひとり暮らしには広すぎる一軒家での入浴。やや深めのステンレス製の浴槽がある風呂場は、タイルの壁でおおわれているだけ。アルミサッシの窓を開ければ、すぐ外側は自宅の庭先である。雪が少ないとはいえ、東北地方の古い一軒家。どこからとなく、寒気がすき間風となって入り込む。

 

脱衣所に電気ストーブを用意するなど、どんなに暖を確保しても、厳冬期の風呂の出入りでは、体を思わずプルッと震わせてしまうほど寒気を感じる日があるそうだ。

それがマンションでの入浴に代わったのだ。風などまったく感じることはない。浴槽を出て着替えに多少時間がかかったとしても、寒さなど気にかけることはなくなった。マンションのお風呂が「天国」というのも、あながちオーバーではないだろう。

 

娘からの同居の申し出を受けて、長年住んだ地方の家の処分を決心

 

1921年生まれの小林さんは、41年に東京で同郷の男性と結婚。20歳の誕生日のおよそ3か月前のことである。

その後、敗戦をきっかけに夫が、高校の教師として故郷である福島県に戻ったことで、以来、いわき市に隣接する町に住むことになる。

 

学校をいくつか異動しながらも勤め上げた夫は、2007年に92年に及ぶ人生を閉じている。退職後も塾の講師や地区の世話役などを務め、90歳直前までは元気に暮らしていたという。教え子などに囲まれた葬儀を無事に終え、86歳だった小林さんは、以来、1975年に建築した2階建ての家でひとり暮らしをすることになる。

 

小林さんと亡夫の間には現在、70歳、67歳、63歳の子どもがいる。いずれも娘だ。長女は横浜、次女は東京、三女は川崎に住む。長女は独身。次女と三女は、それぞれの子どもは独立し、現在は夫とのふたり暮らしである。小林さんに同居をすすめたのは、横浜でマンション暮らしをしている長女、それに川崎の一戸建てに住む三女だった。

何度も何度も同居を申し出る長女と三女。断り続ける小林さん。そんな繰り返しを経て、小林さんは、ついに同居に同意した。

 

「90歳を迎えようかというときに、横浜の娘と同居する決断ができたのは、3、4年というわずかな期間、それも空襲があったりした時代でしたが、東京で夫と一緒に暮らした経験があったからかもしれません。一度も都会暮らしを経験していなければ、田舎の家に最期までとどまったでしょうね。夫も大学は東京だったことから、年に数回は東京で開かれる同窓会に出席していました。そんな夫の姿も思い出し田舎を離れる決心をしました」

 

第3話に続きます