私の「親家片」体験

地元の友人が不動産会社を経営。有利な条件で生家を売却 第2話 ~献身的に父の介護を続けるが、限界がやってくる~

父親の介護のための実家通いを続けたものの、体力、気力に限界が訪れ、特別養護老人ホームへの入所を決める
関根郁子さん 千葉県・65歳

仲良く老後生活を送っていた関根さんのご両親。平和な毎日が暗転したのは、母親が亡くなってからのことだった。

 

「母に先立たれた父はひとり暮らし。近くに住む親戚や近所の方々が食事を届けてくれることもあったようですし、自炊も嫌いなほうではなかったようです。私は月に1回は足を運ぶようにしていました。何度も千葉での同居を誘いましたが、そのたびに『気ままな生活がいい』と、父が首を縦に振ることはありませんでした」

 

一般的に、妻に先立たれた男性の寿命は縮まるといわれる。関根さんの父親は、伴侶なき生活を10年余りも続けることになるが、やはり、異変が起こった。いわゆる、認知症だ。

 

関根さんは、以前にも増して頻繁に帰郷し、父親の世話をした。山梨に住む兄夫婦にも協力を懇願、義姉も快諾してくれたという。

だが、子どもたちの献身的な世話にもかかわらず、関根さんの父親の認知症は深刻化していく。体力の衰えも目立つようになってきた。

特養ホームへの入所を希望するも……

兄夫婦とローテーションを決め、お互い1か月に半分ずつ世話をするために帰郷を繰り返していた、そんな関根さんたちにも次第に疲れが蓄積していく。

 

関根さんは自宅から往復4時間、兄夫婦はおよそ7時間である。それぞれの自宅と関根さんの父親宅という二重生活の負担は想像以上に重い。家族による介護が限界になってきたのだ。関根さん自身も、父親の認知症の進行具合に心を痛める一方で、兄夫婦、特に義姉の苦労や負担をひしひしと実感したという。ついには、施設への入居の決断を迫られることになる。

 

「万一に備えて、親の預金を下ろし、私名義の通帳で保管していたのですが、確認したら500万円程度しか残っていませんでした。兄も私も経済的にそんなに余裕のあるほうではないので、有料老人ホームという選択肢はありませんでした。そこで、特養と呼ばれる特別養護老人ホームに入れようということになったのです」

 

現在では、金融機関は本人確認を厳格にしており、本人が直接銀行の窓口に行かないと本人名義の預金を引き出せないようになっていて、入院や介護施設への入居費用の工面に苦労したという人も少なくない。関根さんのように、親が元気なうちに預貯金を移し替えておくのもひとつの方法だろう。

 

「当初は父親の家の近くで施設を探したのですが、町にひとつしかなく20〜30人待ちという状態。結局、私が住んでいる周辺で探して、どうにか頼み込んで病院や介護老人保健施設に入れてもらったのです。しかし、入所期限が切られました。短期間で4、5か所を転々とし、ようやく特養に入れたのは千葉に引き取ってから1年後のことでした。それでやれやれとひと息つけたのです。安堵感から空き家になった家の処理のことなど、まったく思いが至らないほどでした」

 

第3話へ続きます