私の「親家片」体験

母が住んでいた実家をリフォームして同居 第3話(最終話) ~親家片を通じ、モノへの意識に変化が生まれた~

実家に引っ越したものの……食事をするスペースも十分にとれないほどの荷物に囲まれていた  三ケ尻晃子さん 東京都・56歳

 

実家のリフォームのための片づけ、そして自分の家の片づけを済ませ、いよいよ実家に引っ越した三ヶ尻さん家族。でも片づけはそこで終わりではありませんでした。

 

三ヶ尻さん家族が持ち込んだ荷物と公子さんが処分せずにとっておいた荷物が、真新しい室内にぎっしり、食事スペースさえ十分にとれないほど積み上がっていました。

「キッチンには鍋や食器などを入れた段ボールがいっぱい。そのすべてをピカピカのシステムキッチンの棚におさめるのは不可能だということが、ひと目でわかりました」

 

公子さん用の新しいクローゼットに、プラスチックケース30個の生地がおさまるはずもなく、クローゼットからはみ出たプラスチックケースが部屋を占領した。

さらにエアパッキンでくるまれた古いダイニングセット、ソファなどの古い家具類……。

「実家を片づけ、わが家を片づけ、そして引っ越して、また片づけですから、正直、かなり追いつめられた気持ちにもなりました。いつまで片づけが続くのか、果たして終わる日がくるのかと暗澹たる気持ちになることもありましたが、使わないものを捨てないと、自分たちが暮らすスペースがない。母もここに至って、理解してくれたようです」

 

スペースをどんとふさいでいる家具やプラスチックケースなどの大物を、地区の粗大ゴミの日に出すことから始めた。

「粗大ゴミは、1回に引き取ってもらえる点数が限られています。出したいだけ出せるわけではないんですね。それで、燃えるゴミに出せる大きさに切り刻めるものは小さくカットしました」

 

木製家具は、木片になるまでノコギリで引いた。やわらかいプラスチック類やカーペットは、はさみで切った。

「夫ががんばってくれました。はさみを握る手にまめができたほどでした」

時は夏。7月・8月の2カ月間、汗みずくで、モノと格闘し続けた。

 

親の家の片づけを通して、モノを買うことへの気持ちの変化が生まれた

 

「すべてが終わったときには、ほとほとまいったという感じ。私も夫も体重が4キロ減りました。体力、気力がもったのは、今の年齢だったからでしょう。もう少し年がいったら、とてもこんなふうに大車輪で動くことはできなかったと思います」

業者に不用品の処分を頼んだ分もある。モノの処分にかかった費用はすべてをひっくるめると、最終的に100万円近い計算になった。

 

「でも、がんばってよかった。今はすっきり暮らしています。食器棚は、ひとつだけにしました。ブランドものも思いきって手放しました。残したのは、父や祖父が海外で買った銀食器や、私が趣味でボタニカルアートを描いたカップや皿類だけ。生活に必要なものとうるおいを与えてくれるものは、これだけで事足りるんですね。怒涛の片づけを通して、そんなことも学びました。好きだから、素敵だからという理由でモノを買うことはもうしないと思います」

 

公子さんは日々、三ヶ尻さん家族と食卓を囲むようになり、食欲も回復した。体重も元に戻った。

 

ただ、時折“あれは手放したくなかった”とか“こういうものを以前は持っていたのに”とポツリともらすことも。

「母からそう言われたときには、“過去を振り返るのはやめて、先の楽しいことを考えよう”と言うことにしています。すると、“ああ、そうね”と気持ちを切りかえてくれるんです」

 

(完)