私の「親家片」体験

「母が30年間暮らした一軒家から 35㎡の1LDKに」 第4話(最終話)~親家片を終えて見えてきたもの~

家の片づけと同時に家の処分の準備も。誰もがモノを処分せざるを得ない時代なのでは?  山口福子さん(仮名) 東京都・54歳

 

片づけと同時に、家の処分のためにも行動した。山口さんは大手不動産会社2社に連絡をとったという。

「土地勘がないので、ポストに投函されていたチラシを見て電話をかけたんです。同時に、近所で売りに出されていた似たような物件の価格を調べました」

朝子さんの要介護認定の訪問調査も、山口さんが片づけのため福岡に戻っている日時を指定し、立ち会った。

引っ越し業者から見積もりもとった。

「引っ越し業者にはインターネットで申し込みをし、私の福岡滞在中に5社と会いました。短期の滞在でやらなくてはならないことが山積み。よけいなことは考えずに次々にこなすしかありませんでした」

 

不動産会社は2社とも基本的な条件は変わらなかったが、書類作成の代行をしてくれるところに決めた。引っ越し業者は家具の処分などの見積もりが安かったところを選んだ。

山口さんの決断力と行動力には目を見張るほどである。

だが、その山口さんをもってしても、なんとか引っ越しにこぎつけたときには、精魂尽き果てたような心境だったという。

「今、母は南向きの部屋に落ち着き、心身ともに元気をとり戻しました。毎週末に母にお惣菜も届けるようになり、欠食もなくなりました。最近は歌のサークル活動にも参加し、来春に福岡で行われる同窓会に行くことを楽しみにしています」

 

親家片を経験してこそ、見えてくることもあった

引っ越したその年のうちに、家の売買も成約した。

「怒涛の日々が終わった今、いろいろなことを考えます。私もいつか、母のように持ち物のほとんどを処分しなくてはならないんだろうなって。私だけでなく、誰もがモノを処分しなくてはならない時代なんだと思います。と同時に、年老いた母に短期間でモノの選別を迫り、思いきりがつかないものも捨てさせてしまったのではないかという思いもあります。」

母の白無垢・父の紋付姿の結婚式の写真、父が幼い頃の一族全員そろった写真など、残しておきたかった写真を紛失してしまったという。

「時間が限られていたために、ひとつひとつ精査することができませんでした。写真のように処分したら二度と手に入らない、お金で買うことができないものは、こんなふうに急いで整理をせず、東京に別送してゆっくり片づければよかったと反省しています」

(完)