私の「親家片」体験

大変だったけれど、介護も親家片も生きる力になった 第1回~親の老いを受け止められない自分自身との葛藤~

親の老いを見続けた7年の間に、実家は少しずつ荒れ果てて
川島久代さん(仮名)52才・神奈川県

 

母が体調をくずしたのは2001年のこと。典型的な「男子厨房に入らず」タイプの父は家事がまったくできず(する気もなく)、老親二人の日常生活に支障が出てきました。

 

私は二人兄弟ですが、わけあってひとりで対応せざるをえない状況でした。実家はわが家から車で小一時間。週末の半日を親と共に過ごすようになりました。ただ、夫婦とも自営業ということや、子どもがいないこともあって、比較的自由がきくことは幸いでした。

 

ちょうど介護保険がスタートした時期で、要介護の母のことはヘルパーさんにある程度おまかせできましたが、要支援の父の分まではフォローしてもらえず、シルバー人材センターの有償ボランティアさんのお世話になったりもしました。とはいえ、やってもらえることは限られていて、実家は徐々に荒れていきました。もともとものは多い家でしたが、収拾がつかない状態に。それは、両親の老いそのもののように感じられました。

 

その情けなさや、両親にやさしく接することができない自分自身との葛藤で、泣きながら車を運転して帰った日も少なくありません。

 

でも私は、両親の命にかかわること、娘でなければできないこと以外には積極的に手を貸さないと決めていました。二人暮らしの限界を父に認識してほしかったのです。ただ、その時点では具体的な方向性は見えていませんでした。

 

娘からの手紙を受け取り、父の気持ちに変化が生じる

 

週末に実家に通うそんな生活が7年ほど続いた頃、偶然にもわが家から徒歩数分の場所に介護付有料老人ホームがオープンしたのです。「これは神様からのプレゼントだ!」とひらめき、半年かけて父を説得しました。最終的に父が首を縦に振ってくれたのは、私が手書きでつづった手紙を渡した直後です。

 

「私にも自分の生活があり、大切にしていきたい。近くにはいてあげたいから、これからのことを真剣に考えてほしい。もし入居してもらえたら毎日会いに行くから。今、動く勇気をもってほしい」と。

身の回りのものだけを持って、両親はホームの夫婦部屋に入居しました。必要な家具などは、高くないものを買いました。