私の「親家片」体験

怒濤の1週間で遠方の実家を片づけ、実母との同居生活へ 第3話(最終話)~親家片を終え、自分の物に対する気持ちにも変化が~

「やっぱり私の手元に……」。
手放したものへの思いがふと湧き上がる
富田美紀さん 茨城県・54才 

 

感情を封印してでも、とにかく進めなければならなかった1週間での親家片。ようやくひと息つけるようになってはじめて、大きな喪失感が冨田さんを襲った。

 

 

「タイムリミットがあったため、釧路にいる間はテキパキ、キビキビ! 引っ越しの見積もりをとり、新聞の解約をし、不動産屋さんに賃貸の相談をし、段ボールに箱詰めして、持っていくもの、捨てるものを仕分けし……。やることが山積みだったから、悲しみにひたる余裕もありませんでした。

 

でも、母と茨城に帰ってきてふっと落ち着くと、お別れしたもののことが思い出されて。従姉がひきとってくれた椿の鉢植えがどうなっているかが気になって、『やっぱり茨城の私の家に送って』と電話してしまったこともあります。父が毎朝水やりをして、心をこめて世話をしていた姿を思い出したら、やはり手元に置いておきたかった……! という思いがこみ上げてきて。従姉に驚かれ、あわてて我に返って「ごめんごめん、気にしないで」と電話を切りましたが、手放したもの、捨てたものにもまだ心を残してしまっていたんですね」

 

親家片をやりきったからこそ得られた、新しい価値観

 

そんなときに冨田さんの励みとなったのは、意外なほどに新生活になじみ、物への執着を見せない母の姿だった。

 

「釧路の実家にいたころは、私が台所のストックや着なくなった衣類を整理しようとすると、『やめてちょうだい!』と声を荒げて怒っていた母。たくさんのものを手放さざるを得なかったことを、つらく感じていないかと心配しましたが、当人はひょうひょうとしていて。なんだか拍子抜けしました。未練たらたらなのは、母よりも私のほうでしたね」

 

この体験を経て、ものとのつきあい方に少し変化が出てきた、と冨田さんは言う。

 

「私が死んだら、夫や子どもは、どんな物を残しておきたいって思うかな? なんて考えることもあります。私の思い出として、何を大事にしてくれるかな? って。そんな場面を想像してみると、『これはもう十分使った』と捨てるふんぎりがついたりもします。『なんでこんなものを持っていたんだ』と思われたくないですもんね。夫に「私のときはよろしくね」といったら、「冗談じゃない! 絶対に無理だ」と本気でオドオドしていましたけれど(笑)。

 

また、ものを増やすよりも、思い出をたくさん増やしたい、という気持ちが強くなりました。今は、デジカメやスマホでも手軽に写真が残せるので、たくさん写真をとっています。実家の様子も、写真に残しておけばもっと気持ちがラクだったかもしれないですね」

 

 

富田さんにとっての親家片は、親のものを片づけることであると同時に、子どもである自分の思いを整理し、もう一度見つめ直す経験だった。

 

「最後の手続きのために、荷物がすべて運び出された実家で一泊しました。玄関に足を踏み入れた瞬間に涙があふれましたね。ガランとした家を目の当たりにしての寂しさが大きかったけれど、すべてをやりきって無事に終えられたことへの安堵もあったと思います」

 

 

親家片を終えて、今年で8年。「ものより思い出」を合い言葉に、母との穏やかな時間を大切にする日々が続いている。

 

(完)