私の「親家片」体験

ひとりっ子の親家片。 介護しながらの大変さも 夫と息子たちに救われた

がん、認知症、脳梗塞…、介護と同時に親家片が始まる 中道弘子さん(仮名)52歳 東京都

 

母が乳がんを患い、手術をしたというショックもあったのか、父は70代で認知症になってしまいました。

それから私は毎週、東京のわが家から群馬に住む両親のもとを車で往復する日々に。退院した母はまもなくアルツハイマーに。そして今度は、父が脳梗塞で倒れて入院。両親の症状はどんどん悪化し、ひとり暮らしの母は「黙って店のものを持って帰ってしまって困る」とご近所から連絡がくるほどまでになってしまいました。

 

そこでケアマネジャーとも相談し、夫と息子が抱きかかえるようにして母を車に乗せ、私の家の近くの施設に入所してもらいました。父も退院後、近くの別の施設に入所しました。

 

ひとりっ子なので私が両親の面倒を見るしかない、と覚悟はしていました。しかし、坂を転がり落ちるようなすさまじいスピードで老いていく親の姿にぼう然とする思いでした。

 

施設に入れ、両親の住民票を移してほっとしたのもつかの間、群馬の市役所から「急ぎはしないけれど、退去の準備をしてください」という連絡が入りました。両親の住まいは公営の賃貸でした。

 

家族と息子の友達で約3ヶ月かけて親家片を

 

「できることはするよ」と言ってくれた夫と息子3人を頼りに、親家片が始まりました。

でも、私の手がすぐに止まってしまうのです。

両親は認知症になったけれど、勝手に親のものを処分していいのか。寂しく悲しく、胸が締めつけられるようでした。

以前大掃除を手伝ったとき、「もったいないから」と何も捨てなかった母の「やめて!」という声が聞こえるような気がしました。けれども、夫と息子たちは「大丈夫、おばあちゃんたちはわかってくれるよ」と、私を励まし、風呂場、洗面室、トイレ、キッチンとどんどん片づけてくれました。

 

親家片がおもしろくなったのは、現金があちこちから見つかってからです。仏壇の中、冷蔵庫、カーペットやゴミ箱の下、箪笥の引き出し……まるで宝探しみたいでした。二人とも認知症が進んでいましたから隠し場所がわからなくなり、そのままになってしまったのでしょう。

 

「あれ、どうした?」と母に聞かれて「捨てた」と言いたくない、たとえば母の着物や日舞の扇子、貴金属、写真などは、わが家に運びました。

最後は息子の友人にも手伝いを頼みました。粗大ゴミは軽トラックを借りてクリーンセンターに運びました。3カ月で親家片が終わり、それから数年の間に父、母を順に見送りました。それぞれ寂しさはありましたが、介護と親家片をやりきった感がありました。

 

親家片を経験した息子たちからは「お母さんの代のものは自分たちでやってね」と言われています。