私の「親家片」体験

相続権はないが兄嫁に遺産の一部を譲る 第3話 ~兄嫁に対する感謝と困惑……葛藤が続く~

相続の権利がないといっても
長年母と同居してきた兄嫁を無視できない
舘野恵子さん 東京都・57歳

 

館野さんの母親が亡くなったのは、2012年12月のこと。悪化した膝の手術のために入院、術後の経過も順調で退院も間近というところで突然に肺炎を患い、ほどなく息を引きとったという。88年の生涯だった。

 

四十九日の法要が終わり一段落したあと、実家に戻って兄嫁に家の売却の話をした。
「決して、一方的に家を出ていけというようなことは言わなかったのですが、ものすごい剣幕でした。親戚の人たちはみんな帰ったあとでしたが、私の夫がとりなしてくれたので、少し落ち着いてくれましたが。あんなに興奮するとは思ってもいませんでした。こちらが考えている以上に義姉は不安を覚えていたんでしょうね」

 

再度話し合いの場を持つ前に、手紙で遺産分割を要求され……

 

家の処分の話はいったん棚上げし館野さんは帰京、初盆のときにでもまた話し合おうと思っていたという。
「東京に戻ってからしばらくして、義姉から手紙が来ました。遺産分割は義姉と協議して決めることと土地の一部を要求していました。いざ現実に要求されてみると、やはり困惑がありました。母との同居を選んだ義姉に感謝していますから、なにがしかのことはしなければと思ってはいたのですが、こちらが切り出す前に主張されたので、カチンときたことを覚えています」

 

館野さんは、結論を急がず、まず頭の中を整理してからと、時間をおいて考えをまとめることにした。しかし葛藤はあったという。
「母からではないのですが、義姉が母につらくあたることがあると耳打ちされたこともあったんです。そんなことを思い出すと、義姉の要求を突っぱねたくなりました。分ける必要はないという周囲の声も耳に入ってきます。でも、母に尽くしてくれたのも事実です。家業の味噌づくりも手伝ってくれました。もとより財産をひとり占めしようなどとは考えたこともありませんから、なんとか穏便に解決することが兄と母の供養にもなるし、残された私の役目だと自分に言い聞かせました」

 

第4話に続きます