私の「親家片」体験

借地権は立派な相続財産、売却も可能 第1話 ~母親の死去で空き家になった家は 借地の上に建っていた~

借地権の価値を知らずに契約を解 除しそうになり危うく大損するところだった 
山崎香織さん 神奈川県・45歳

 

「更地にするためにかかった家屋の取り壊し費用がおよそ130万円、そのほかに地主に譲渡承認料を支払うなど諸経費を引いて、おおよそ1700万円ほど残りました。私はそのうち700万円ほどを受け取りました」

 

借地であってもその借地権は相続財産であり、基本的には売却することも可能だ。
山崎さんの現住所は横浜。都内に購入したマンションに住む兄は、山崎さんと同じように一男一女をもうけているが、離婚したことで現在は子どもとの3人暮らしである。
山崎さん兄妹は、埼玉県生まれ。吉永小百合主演の映画「キューポラのある街」で知られる埼玉県川口市に隣接する街で育った。京浜東北線の最寄り駅からは、タクシーでワンメーターの距離である。
「私が育ったころは、最寄り駅周辺は飲食店などが多く、お世辞にも雰囲気がいいとは言えませんでした。派手なネオンの店の前には、酔客を誘う黒服の男性が何人もいて、帰宅が遅くなったりすると、ドキドキしながら早足で家路についたことを覚えています」

山崎さんが育った実家は、およそ200㎡の敷地に建つ木造平屋建ての住宅。広い庭で遊び回ったという。隣接する家はお屋敷然とした大邸宅だ。
父親の死後は母親がひとり暮らしをしていた。だが、母親も亡くなったことで、借地に建つ実家の処理を迫られることになる。

 

空き家となってしまう親の家。たたむか、残すかで意見が分かれる

 

生まれ育った家の土地が、隣に住む大邸宅の持ち主から借りている借地だったと知ったのは父親の死後だったという。

借地に建つ山崎さんの実家は、建ぺい率60%、容積率200%の地区にある。敷地はおよそ200㎡。都市部にしては広い借地だが、50年ほど前の契約であり借地料は月に5万円程度だったそうだ。

 

山崎さんは借地を地主に返し家を処分しようと考えたのに対し、兄はそのまま継続することを主張した。

横浜に落ち着いている山崎さんは、埼玉の家を掃除に行ったりする面倒などを考え、すっきりと始末したほうがいいという主張、都内のマンションで2人の子どもと一緒に住み、会社員をしている兄は、定年も近く、東京と埼玉の二重生活もいとわないと考えていたようだ。

「仕事を辞めたらマンションは子どもたちに使わせ、僕は実家に戻り、ひとりで暮らしてもいい」と口にしたともいう。
「お兄さんがひとりで住むといっても、ゴミ出しや食事はどうするの。子どもたちからは『私と弟で食事も作れば洗濯もする。ゴミ出しひとつできない父ですから』とも聞いたわよ。誰が面倒見てくれるの」
「俺も仕事をリタイアしたら、自分の身の回りのことぐらい自分でするよ」
こんなやりとりもあったという。
しかし、空き家となった親の家に住み続ける意向を兄が持っていたことが、功を奏することになる。

 

第2話へ続きます