私の「親家片」体験

母親と同居。親の家の片づけが終わらない 第2話(最終話) ~なかなか進まない片づけと向き合う毎日~

収納場所、さらには2階にありとあらゆるものが詰め込まれていた 
小松玲子さん 神奈川県・58歳

 

母親が倒れたのをきっかけに、実家での同居を決めた小松さん。だが、自室として使おうと考えていた2階はまさに物置状態。雑多なものが積み上がっていた。

 

「まず父の趣味だった写真関係のものがどっさりありました。カメラは古いものから新しいものまで何台も。三脚、ライト、レンズなど機材もいろいろそろっていて、カメラや写真に関する雑誌や父の作品もたくさんありました」

 

それから片づけの日々が始まった。使えるカメラは父親の写真仲間にもらってもらった。古いものは中古店へ。機材や雑誌は処分し、父親の作品だけとっておくことにした。

部屋からはカメラ以外のものもたくさん出てきた。掃除機は4台、電気ストーブ、石油ストーブも数台ずつ。

「使うものだけを残し、あとはゴミとして処分しました」

 

健康器具もいくつもあった。ステッパー、足もみマッサージ器……。ミキサー、ジューサー、ブレンダー、古いデスクライトなどの電化製品も。全部処分である。

 

改めて1階も見直してみると、2階同様、モノがあふれていた。台所の引き出しに割り箸がごっそり。棚を開けると、銀行などでもらった新品のタオルがビニール袋に入ったまま山盛り。野菜スライサーも何台もあった。

 

「母が、デパートで実演販売しているのを見てはその気になって買ってしまったんでしょう。父もラジオの通販をよく利用していましたし。両親は買い物が大好きだったんですよ。買うことが生活の豊かさを意味する時代に生きてきた世代ですから、どんどん買っていました。そんなふうに新しいものがふえていくのに、古いものは捨てられない。昔の家ですから収納スペースはいっぱいありますし。不用になったものは2階に上げて、そのまま忘れていたんでしょう」

 

親のモノの処分が進まず、自分の荷物もダンボールに入ったまま

ところで小松さん自身は自他ともに認める「引っ越し魔」で「捨て魔」である。ひとり暮らしをしていたときには、モノが見えないすっきりした部屋で暮らしていた。

「なんとか2階の一室をあけて、引っ越しました。もともと私は持ち物は少ないのですが、実家に戻る際にはベッドや洗濯機を処分し、衣類も減らしました。それでも、2階の部屋には、今もって荷ほどきのできない段ボールが積んであるんです。自分のものを出しても置く場所がないんですね。父と母のものの処分がはかどらなくて」

 

小松さんがモノを捨てようとすると、母親が表情を変えるのだ。

「悲しそうだったり、不安げだったり。それを見るとたまらない気持ちになるんです。母にとっては、小皿1枚であっても、この家にあるものはすべてが大切な財産なんですね。それを捨てるのは、身を切られるような気持ちになるんでしょう」

 

遅々として進まない実家の片づけに気持ちが暗くなることもある。

「けれど、いつまでも私のものを段ボールに入れっぱなしにしておくわけにはいきません。母の様子をうかがいながら、少しずつ進めていこうと思います。でも、終わる日がくるのかしら。親のものに囲まれた実家ですっきり暮らすのは無理かもしれないと、最近では、半ばあきらめがまじってきました」

 

(完)