私の「親家片」体験

親家片開始半年で、緊張の糸が切れた 第2話(最終話) ~5年たった今、再び向き合う覚悟を決める~

モノは10分の1に。でもそこで片づけはストップ! 処分するかどうかを決められないものが多すぎた  高坂育子さん 埼玉県・56歳

 

両親の認知症の症状が少しずつ進み、その3年後、両親は身の回りのものだけを持ってグループホームに入居することに。両親が住んでいたマンションはほぼそっくりそのまま残された。そこで高坂さんはその片づけを迫られた。

「父と母、別々のホームに入ってもらいました。二人一緒に入れるところがなかったのと、別々のほうが父母ともに負担が少ないのではないかと考えてのことです」

 

高坂さんは二人姉妹。片づけは妹にも協力してもらったが、以来、高坂さんの土日は父母それぞれのホーム訪問と片づけに追われることに。

 

「父は趣味人でメモ魔でした。すべてのラウンドスコアをつけたゴルフダイアリーや日記を見つけたときには、父の若い頃の姿を思い出し、胸が熱くなりました」

だが、親の家の片づけは生やさしいものではなかった。

「母は生け花の先生もやっていたので、花器がものすごく多かったんです。着物も多かった。花器は不燃ゴミの日に、せっせと捨てました。でも着物は、もしかしたら私が着るかもと思うと、捨てられませんでした……」

 

娘時代の自分の荷物も、実家にどかっと残っていた。

「当時、私が大切にしていた雑誌が全部そのまま残っていました。実はその前の引っ越しのときに、捨てようかどうしようかと迷ったんです。でも処分をためらって、とりあえず持っていけばいいと、新しい親の家に運び込んでしまった……。二度と手に入らないものですからね。で、今もやっぱり処分の決断がつかないんです」

 

毎週日曜に3〜4時間作業したが、次第に片づけのスピードは落ち……半年がたったとき、高坂さんの緊張の糸がぷつりと切れた。

「荷物は当初の10分の1くらいまで減らしたでしょうか。でも片づけへの意欲がすっと失せてしまったんです。仕事が急激に忙しくなった時期でもありました」

 

長い時間を要した、思い出の品との決別

以来、片づけはストップ。親が住まなくなってから5年たった今も、高坂さんはその部屋の家賃を支払い、借り続けている。

 

「経済的負担も大変です。いつか片づけなくてはという焦りが気持ちをむしばんでいるのも感じます。残った荷物はトランクルームに預ければと言われたりもしますが、そうしたらそれこそ開かずの間になってしまう。この春に、今まで抱えていた大きな仕事が一段落するので、覚悟を決めて片づけようと決心しています」

 

ただ、この4年半の間に、気持ちが少し変わってきたのを感じる。

「以前は、着物を処分するのが惜しいと思っていたんです。でもこの間、折にふれ、私の人生においてこの着物を着るということはどんな意味をもっているのかと考えさせられました。果たして私にこの着物を着る日はくるのか、それはどんな日なのか、それがどれほどの意味があるのか。親の思い出のものと決別するために、これだけの時間が必要だったのかもしれません。でも、正直、長すぎますよね。自分が動かないといつまでも終わらない、少しでも若いほうが片づけはラクだったはずだと、今、反省を込めて思っています」

 

(完)