私の「親家片」体験

思い入れのあるものを処分できず中断中 第1話 ~せつなさがこみ上げるなか、片づけをすすめた~

便利屋さんにも頼んだ。だが根を詰めるあまり体調をくずして中断。いつしか8年が経過  西川典子さん 大阪府・63歳

 

「9年前の11月に父が脳溢血で急死して、両親が数十年間暮らした家が残りました」

そう語るのは、大阪に住む西川さん。父親が亡くなる7年前には母親を見送っている。

 

「ひとり暮らしになった父が寂しくないように、母のものには何ひとつ手をつけず、実家に置いていたんです」

 

昭和40年代に建てられた家には、押入れや天袋など収納スペースがたっぷり。そこにさまざまなものがぎっしりとしまい込まれていた。さらに物置、箪笥、食器棚、本箱……収納場所すべてにモノがひしめいていた。

「父が亡くなり、葬儀、法要、雑務、相続などが一段落した翌春から、片づけをしなくては……と実家通いを始めました」

 

西川さんは二人姉妹。妹は遠方に嫁いでいるため、西川さんが片づけを担うことに。

幸いなことに、西川さんの自宅から実家までは徒歩10分とすぐ。自宅で経営している店の仕事の合間をぬって通うことになった。

 

「あまりにモノが多くて、どこから手をつけていいかわからず、箪笥や押入れ、本箱などに何が入っているかをひと通りチェックすることから始めました。それだけでも結構な時間がかかりました。母は物持ちがよく、何でも大事にとっていました。大きな箪笥の中はまるで玉手箱のようでした。なによりびっくりしたのは、引き出しから、ていねいに切り取ってきちんと仕分けられた古いファスナーやボタン、レースなどが次々に出てきたとき。若い頃の母を思い出したんです。なつかしさとせつなさがこみ上げてきて、涙が止まりませんでした」

 

仕事をしながらの親家片。1年が過ぎた頃、体調に変化が

父親が亡くなった直後は、葬儀や相続の手続きなどに忙殺され、悲しむ間もなかった。

家じゅうの押入れや箪笥を開けながら、たったひとり、しんとした家の中で、西川さんは両親を思い出し、何度も嗚咽したという。

「当初は、早く片づけなくてはと急かされているような思いでいたんです。便利屋さんにも頼みました」

この部屋の押入れの中、この箪笥の中、この物置の中、台所の道具類、家電、風呂場と洗面所のもの、本棚の中……と場所を指定して、便利屋さんに荷物を持ち帰ってもらった。

 

「不用品回収だけでなく、その後の掃除や片づけもしてもらいました。リサイクルショップや古本屋さんなどに持っていきたいという気持ちもあったのですが、モノを選別する時間が惜しかった。引き出物や粗供養の肌布団セットやティーセット、置き時計、お盆など、包装紙も開かない状態のものもたくさんありましたが、目をつぶって、便利屋さんに持っていってもらいました」

 

それでだいぶ片づくかと思いきや、そうはいかなかった。昔からある大きな和箪笥、食器、写真、絵画などは残ったまま。

「仕事をしながら片づけていたために、体力の限界を超えてしまったのでしょう。1年がたった頃にがくっと体調をくずしてしまいまして、そこから片づけが一気にペースダウンしました」

 

なんとかしなければ、でもどうすればいいのか……と思いつつ、気がつけば8年がたってしまったという。

 

第2話に続きます