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生活研究家 阿部絢子さんの「親の家の片づけ」 第4回(最終回) ~あえて残した場所を親と片づける~

見て見ぬふりをしたために何十年もそのままになった米びつも

退院してきたトミさんは、片づいた家を意外なくらいすんなりと受け入れた。窓を開け、風を通すようにもなった。

「でも、母はすべて納得したわけではないんですよ。電話してきては“砥石はどこに置いた?”とか“雨が降っても傘が一本もなくて困った”とかぶつぶつ言っていました」

 

2カ月後、阿部さんは意を決して、また帰省した。

「予想はしていましたが、せっかく片づけた居間の横の廊下に、またモノが増殖し始めていて、窓をふさいでいました」

増殖したのは、生け花用の花器の数々である。

「廊下に生け花のお稽古に使うものを置いておけば、すぐ使えて便利だと廊下に置いてしまう。花器などをまとめてしまっておく場所を居間の近くにつくらなくてはと思いました」

 

ある場所だけ片づけをしなかったのには、阿部さんなりの思いが……

 

阿部さんが狙いをつけたのは、階段下の納戸だった。実は、9月の片づけのときに、この場所だけは手をつけていなかった。階段下を片づけ始めたら、1日ではとても終わらないと、あきらめたところなのである。何が入っているのか皆目わからない、いわばモノの巣窟だった。

「階段下の納戸を残したのは、母に自分で片づける体験をさせるという思惑もあったんです。いかに自分がいらないものをため込んだのか、体で感じてほしいと思って」

 

そしてトミさんとともに階段下の納戸の整理にとりかかると……驚くようなものが次々に出てきた。すっかり忘れられたものの数々である。

「手回し蓄音機用のレコードが数十枚、祖母が使っていたとおぼしきヒノキの大きな米びつも。米びつには穴があき、その穴が後ろの土壁の穴とつながっていて……ネズミの出入り口になっていたんです。ぞっとしました」

 

結婚式の引き出物とおぼしき食器類は封も開けないまま紙箱や木箱に入った状態で積み上げられていた。ずっと前に買ってきたトイレットペーパーやティッシュ、鉛筆やボールペン、ガムテープ、缶詰、漆器、見たこともないお膳……。スーパーの袋に入ったままぶら下げられているお菓子類もたくさん。

「とにかくぎゅうぎゅう詰め込まれていたんです。これが“押し込んで見えなくなると、忘れる”ということだと思いました。そんなところに何をしまっても、迷子になって、肝心なときに見つからない。で、また買い込む、詰め込む。悪循環の源になっていました」

 

棚を新たに作り、物の置き場所を確保

だが、ネズミの穴で頭に血を上らせた阿部さんの隣で、トミさんは古いレコードや古い漆器を手にとり、のんびり思い出話を始めたという。

「気持ちはわかりますよ、昔の話だってしたいでしょう。でも、母に自己管理ができないことを反省してほしかったのに、その気配すらない。だんだんイライラしてきて、もういいっ、私がやるって、結局やってしまいました」

“おかあさん、これは処分でいい?”“うん”

“これはいらないよね”“うん……でも、あんた、全部捨てる気?”

“いらないものをとっておいたってしょうがないでしょ”“使えるのに……”

“いつ使うの? いつ使ったの?”“……”

“お母さん、今、89歳でしょ。生きている間に、またここにしまい込んで、わざわざとり出して使うって考えられる? それはどんなとき? 今、使うものじゃなきゃ、とっておく意味がないのよ”“……いいよ、処分で”

そんな会話をくり返すうちに、いつしか処分するものが山となった。ティッシュや洗剤、まだ食べられる缶詰やお菓子類を別にして、残すことにしたものは……萩焼の小鉢ひとつだったとか。

 

「階段下の納戸を生かすために、大工さんにそこにぴったり入る棚を2つつくってもらいました。右側の棚には、廊下に放置されていた生け花のお稽古用の花器をすべておさめました。左側の棚にはティッシュや洗剤などの日用品のストックを収納し、読み終えた新聞をしまう場所も設けました」

 

さらに、2階の廊下にも棚をつくってもらい、そこにはめったに使わない生け花のお稽古用の道具類や、すでに使い終わった花材などを収納。2階の押入れに古い箪笥の一部を入れ、風呂敷に包んであった衣類や父の古本や書画、骨董類を整理した。

 

「母と一緒にもう一度、台所の整理も行いました。鍋は大きいものはいらない。中くらいの大きさと小さなもの、行平鍋を1個、そしてフライパンだけにしたんです。食器類も減らしました。いちばん上の棚にあったものは、もう何年も使ってなかったはずなので、ほとんど処分です。捨てる捨てないでいちばんもめたのは、食器だったかもしれません。使わないものはドロドロになるだけと説得し、ずいぶん減らしました」

 

家族だからこそ、ぶつかって何かを感じ、前に進むことができる

片づけを終えてからも、阿部さんはトミさんと話し合いを重ねている。

「といっても、私が一方的に話している感じですが……。とにかく、母には“残り少ない自分の人生を自立してまっとうしてほしい”ということを伝えています。親の姿は、自分の行く道でもあるからです。“ちゃんと暮らして、私の行く道を照らしてほしい”とも言いました。ぶつかることもありましたが、ぶつかって受け止めてお互いを正していくのも、家族だからこそやらなくてはならないことだとも思うんです」

 

実家の片づけを通して感じ入ったこともある。

「母は片づけを父まかせにしていたために、自分で“いる・いらない”の判断ができなくなったのではないかと思いました。だから何も捨てられなくなり、いらないものがどんどんふえていった。早いうちに、身の回りのものの処分を断行していくことは、判断力をつけるために大切なことだと思います。ただ確実に言えるのは、年をとるにつれて体がきかなくなり、モノを動かすのが億劫になるということ。体の自由がきくうちに、できるだけモノを減らして、手の届くところにわかりやすく置き直したほうがいい。私も少しずつ取り組んでいます」

(完)

阿部絢子(あべあやこ) 生活研究家 消費生活アドバイザー

1945年、新潟県生まれ。共立薬科大学卒業。薬剤師として洗剤メーカーに勤務後、雑誌ライターを経て、生活研究家に。消費生活アドバイザー、大学講師、薬局でのパート勤務もしている。『モノを整理してスッキリ暮らす』『覚悟の片づけ』など家事全般に関する著書多数。

2014/07/13 | キーワド: , , , | 記事: