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生活研究家 阿部絢子さんの「親の家の片づけ」 第3回 ~処分した荷物はトラック5トン分~

必要なものをすべて身の回りに積み上げて、古いベッドやミシンは物置がわりに

 

片づけの日。工務店から派遣された手伝いは3人。朝10時、いざスタートである。

「私は1階、妹は2階を担当しました」

阿部さんは、いちばん気になっていた庭に面した廊下からとりかかった。

「掘り進む感じで、手前からどんどん、いるもの、いらないものに仕分けしていきました」

 

不用なものは燃えるゴミと不燃ゴミに分けて、ゴミ袋に即、入れた。必要なものは居間に移動させた。

「母は家で生け花を教えていたこともあり、居間だけは生徒さんのためにも割合きれいにしていました。この空間があったため、作業がはかどりました。片づけのときに、モノの置き場が必要だとしみじみ思いました」

生け花関連のものが予想以上に多かった。

お稽古に使う花器の数々-――細長いものや平たいもの、ごついもの、繊細なものーー、さらには生け花関連の書籍や雑誌……。これでもか、というほどあった。注文した花器も、届いたときのまま箱に入れられた状態でしまい込まれていた。

足が弱くなったのも、物がたまっていく原因だった

トミさんは生け花の地域支部の会計係も長年やっていたため、関連の帳簿や領収書、預かっている資料もどっさり。

「風呂敷に包まれた母の洋服もありました。開けてみたら、長そでの冬服が入っていました。衣替えのときに風呂敷に包むまではやったんですね。でも、それを箪笥や押入れにしまうまではできなくて、ここにポイッと置いちゃったのね、きっと」
缶ジュースやもらいもののタオルなども出てきた。古い足踏み式ミシンの上にも、足踏みペダルの上にも、モノが突っ込まれていた。

「傘は10本以上ありました。全部処分です。片づけながら、この廊下は、母の納戸のようなものになっていたということに気がつきました。普段必要なものを廊下にひょいと置いて、それが積もり積もってしまったんですね。考えるに、足が弱くなり階段の上り下りがつらくなって2階が使えなくなって、1階の押入れや階段下の納戸もいっぱいになって、何でもかんでもこの廊下に置いてしまったのではないかと思わされました」
台所を片づけて、思ったこともある。

「年をとって、高いところのものをとるのが大変になったためでしょう。低い棚にモノが集まっていました」居間の押入れには、和裁をしていた叔母の反物がぎっしり詰まっていた。古新聞も山積みになっていた。

「年寄りだから重くて動かせなくなって、そのままになってしまったんですね」

まだまだ出てくる思い出の品。5人がかりで8時間走りきった

2階からは大物が続々と下りてきた。妹が使っていたベッド、イーゼルなどの画材、スキーやサーフボード、祖父が使っていた脇息、中味の入っていない茶箱、いつ誰が使ったのかわからない燕尾服とシルクハット、父のスーツや靴、本……。

「部屋を占拠していたベッドは、物置がわりになっていました」
かくして処分したものは、2トントラックで2往復分。250㏄の軽自動車で3往復分。計5トン。

「迷ったら終わらない。一度も手を止めずにやりきりました。汗とほこりとゴミでドロドロになりました。妹も還暦目前でしたから、二人とも疲労困憊。70代に入る前に始末がつけられてよかったと思いました」

 

終了時刻は18時。5人がかりで8時間に及ぶ激闘だった。

「近所の人に“お引っ越し?”って聞かれました」

第4回に続きます

阿部絢子(あべあやこ) 生活研究家 消費生活アドバイザー

1945年、新潟県生まれ。共立薬科大学卒業。薬剤師として洗剤メーカーに勤務後、雑誌ライターを経て、生活研究家に。消費生活アドバイザー、大学講師、薬局でのパート勤務もしている。『モノを整理してスッキリ暮らす』『覚悟の片づけ』など家事全般に関する著書多数。

2014/07/12 | キーワド: , , , | 記事: