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生活研究家 阿部絢子さんの「親の家の片づけ」 第1回 ~母が倒れ、親家片を決意~

生活研究家である阿部絢子さんも、「親の家の片づけ」問題に真正面から取り組んだひとりです。省エネのシンプルな暮らしをめざしてきた阿部さん。親家片に直面し、どう行動し、何を感じたのでしょうか。4回にわけてお送りいたします。

 

遠く離れた母が突然倒れたそのときに初めて異変に気づき、片づけを開始した

 

阿部さんが、新潟に住む母・トミさんの家の片づけを考え始めたのは、3年前の8月のことだった。

「母は当時89歳でした。同居していた弟が体調をくずして入院した直後に、母は夏風邪をこじらせたうえに熱中症にかかって緊急入院したんです。それで私は東京からあわてて看病に行ったんですが、実家に足を踏み入れてがくぜんとしました。廊下まで足の踏み場がないほど、モノがうずたかく積み上げられていたんです」

 

阿部さんは大学入学と同時に実家を離れた。大学卒業後は、東京で就職。18歳以来、実家は住むところではなく、一時的に帰る場所となっていた。

「今も覚えているのは、朝、会社に行く前にはたきで棚の上や障子などのほこりを払い、手際よく掃除をしている父の姿なんです。父はきれい好きで、わが家では掃除は父の担当でした。子どもたちが本や鉛筆などを散らかしていると、雷が落ちるので、父の帰宅前になると母の号令一下、“それ、片づけろ〜っ”ときれいにしたりして。72 歳で仕事をリタイアしてからも父は、本や写真の整理などをこまごまとやっていました。いつ実家に戻っても、どこもすっきり片づいていました」

 

15年前に父親が亡くなってからは、掃除はトミさんの仕事になった。お正月に帰るたびに澱がうっすらたまるように、どことなく家が乱雑になっている感じはしていたという。

「でも、私は手を出そうとは思いませんでした。親子だからといって寄りかかったりしない関係でありたいとずっと思っていて、両親にも大学時代から、“お互い自立して生きていこう”と、ことあるごとに言っていたんです。父が亡くなってからも、母は泣き言ひとつ言うこともなく、病気がちの弟と一緒に住み、その世話もしてくれていました。生け花の先生も続けていて、1週間の半分くらいは外出し、忙しくしていました。ですから、家が多少片づいていなくても、私が何か言うべきではないと目をつぶっていたんですね」

 

モノにあふれた家を片づけなければ、母の命にかかわる……

ところが、突然帰宅した実家は、予告して帰宅するときの状態と比べものにならないほど、雑然としていた。阿部さんが帰省するときには母親が、「それ、片づけろ〜っ」とばかり、モノをあらゆるところに押し込み、なんとか阿部さんの手前、体面を保っていたということに気づかされた。

 

「廊下の荷物がじゃまで、カーテンはもちろん、窓も開かない。母が熱中症になった理由も家のせいだと思いました。窓を開けられないのでは風が入りません。母は常に冷房を強にしていて、その冷気のせいで風邪を引いたんです。それで冷房を弱にしたら、今度は熱中症になってしまった。家を片づけて、風が通る状態にしなければ、母の命にかかわります。そこで私が片づける決心をしたんです」

 

病院で静養している母に、まずはこんこんと話をした。

“なぜ片づけなかったの? 荷物の整理をしなくてはならないよ”

“年をとってから、モノがあふれている家で暮らすのは危険だからね”

“すっきり整理した家に暮らして初めて、自立した人間といえる”などなど。

「いやぁな顔して聞いていました。いくつになっても言われたくないことを聞くのはつらいものでしょう。でも、本人が納得しないと、親の家の片づけはできません。なぜ私が片づけるのか。それはお母さんが生活に支障をきたすほど、ぐちゃぐちゃにしているからだということを、ちゃんと説明しようと思いました」

 

「自分の問題」だと母親が思ってくれるまで、つらくても言葉をかけ続けた

阿部さんは若い頃から、恐れることなく、親とにがい話もちゃんとしてきた。

「親子ですから、何かあれば相談には乗りますし、できることはするつもりです。でも、私も妹も、実際は自分たちの暮らしで手いっぱい。親の面倒を見る余裕はありません。だからこそ、それぞれがそれぞれのところでしっかり生きていかなくてはならない。母は高齢ですけれど、認知症を発症しているわけではありません。それなら自分の人生を生ききるために、残る力を振りしぼって、日常のすべてを自分の問題としてとらえて判断してもらいたいと思いました」

“老いてからは、なにより安全なところに住まなくてはならない”

ベッドで横たわる母親に阿部さんは呪文のように言い続けた。

 

「母が弱気になっている今がチャンスだとも思いました。ついに母がぶすっと黙り込んだところで、“私が片づけさせていただいていいですか”と切り出しました。母も、そこまで言われて、まいったのでしょう。“いいよ”と言ってくれたんです」

すかさず、阿部さんは言葉を重ねる。

“あなたが絶対に残したいものは何ですか。それだけは残します”

「母は生け花に関するものだけは捨てないでくれと言いました。それ以外は処分してもらってかまわない、と」

第2回へ続きます

 

阿部絢子(あべあやこ) 生活研究家 消費生活アドバイザー

1945年、新潟県生まれ。共立薬科大学卒業。薬剤師として洗剤メーカーに勤務後、雑誌ライターを経て、生活研究家に。消費生活アドバイザー、大学講師、薬局でのパート勤務もしている。『モノを整理してスッキリ暮らす』『覚悟の片づけ』など家事全般に関する著書多数。

2014/07/10 | キーワド: , , , | 記事: