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「主婦弁」澤田有紀の「親・家・片」法律コーナー 第1回 私も親・家・片進行中です

私もいま直面している問題です

はじめまして。澤田有紀と申します。主婦から弁護士になって「主婦弁」として大阪で弁護士をしております。

実は私も、ここ数年、夫の両親と私の母の2軒の「親・家・片」に直面し、現在も進行中です。

弁護士として破産物件の「明渡し」などで、かたづけ屋さんを雇って一気に荷物を処分するということには慣れており、いろいろな業者さんも知っているので、やろうと思えば一気にできるはずなのですが、「親・家・片」はドライな「明渡し」とはまったく異質のものだということを実感しています。

夫の実家の「親・家・片」には9年、母の「親・家・片」は現在進行中です

私の母の「親・家・片」は昨年から進行中ですが、夫の「親・家・片」には足かけ9年の歳月を要しました。

この経験は、物を所有するということの意味を改めて考える契機となりました。

母の「親・家・片」では、母を手伝って「親・家・片」をしましたが、それを捨てなければ、これから生活するスペースが確保できないという現実を前に、選択を迫られ、思いを断ち切る経験をしました。

記憶では「ない」物のはずなのに……想いが溢れ出して捨てられない

合理的に考えれば、片づけをしてその「物」を発見するまでは、その物の存在を忘れていたのですから、その物は意識の中では「ない」ものであはずなのに、その物を見つけたとたんにそれがなくなることに耐えられない、使うのがもったいないからととっておいた物、価値があると思っている物、捨てるのがもったいないからととっておいた物、それを見て思い出を想起するための物、家族のきずなを確認するための物。

家の中にある「物」は単なる物ではなく、家族の歴史と情愛がつまった象徴であり、それを処分することは、物理的な喪失にとどまらないものだと感じました。

母はどうしても捨てられないという、いわゆる「お道具類」、仏壇、家具と身の回りのものでトラック2台分の荷物を持って小さなマンションに引っ越し、現在も結構な量の荷物に囲まれてちょっと窮屈に暮らしています。まだ、実家には大量の荷物が残されているのですが、それを処分して家を売却する期限は、税金の関係で居住用財産として扱ってもらえるために住民票を移してから3年目の年末です。

屋根裏にしまったまま一度も出していない亡き父のコレクションのほか、結婚前の私の荷物など大量の不用品が残されています。

これらの後始末については、現在進行形でご報告したいと思います。

夫の両親の「親・家・片」はパンドラの箱を開けるような経験でした

夫の両親の「親・家・片」はまた事情が違いました。しっかり者だった義母が9年前に突然倒れ、生活全般に介護が必要な「要介護5」になってしまったので、私たちが何が出てくるのかわからないパンドラの箱を開けて、選別をしなくてはならなかったのです。

義母が倒れるまで、私は夫の実家では台所とリビングくらいしか入ったことはなく、そのほかの部屋がどんな状態なのかを全く知りませんでした。居室に入るとタンスの多さにびっくりしましたが、タンスや押入れの中をあけてみて、あまりの物の多さに愕然として、何から手を付けていいのかわからない状態でした。

お中元などでもらった海苔の缶、調味料の缶、食用油の缶、ブランデー……などが押し入れを埋め尽くしています。義兄が「母の日」にプレゼントしたブローチやかばんなどは、1回も使った形跡もなく、元通りに包装しなおして大切にしまわれていました(おそらく40年分くらいい)。

家族からの手紙も全部きっちり保管されていました。

物はたくさんあるのに、必要なものが見つからない!

整理タンスに大量に入っていた通帳は全部繰越済みの古いもので、現在の使っている通帳は見当たりません。義母が外出時に身に着けていた宝石類も見当たりません。そうかと思えば、義母の身の回りの物を入れていたタンスからは、講演の謝礼金としてもらったと思われる数万円入りの手つかずの封筒があちこちから出てきました。

思いがけないものはいろいろと出てくるのですが、あるはずのものが出てこないので、あるはずのものを探しだすまでは家を処分するわけにもいきません。

月に一度東京から義兄がやって来て、一緒に探し物をして、家じゅうすべての点検を終えて、もう何も出てこないとの確信を得るのに足かけ9年。こちらもまた「お道具類」や義兄と夫が残したいと思うものを引き上げて、その他の大量の物は家に残したまま、解体業者に家ごと解体して産業廃棄物として処分してもらうという決断をしました。

義母の思い出のピアノがいまでも心の傷に

義母は昭和ひと桁生まれで、娘時代のときには象牙の鍵盤のピアノを買ってもらい、大事にピアノを弾いて、近所の子どもたちにピアノを教えていたそうです。

しかし、そのピアノはもう引き取り業者も引き取ってくれない年代物で、処分のしようがなく、家に残して家と一緒に解体して廃棄してもらう選択をしました。解体の現場では、家の中身が全部外に放り出されていたのですが、家財や建具が無造作になぎ倒されている中に、ピアノの白い鍵盤が太陽の下で光っているのを見て、私はなんてひどいことをしたんだろうという後悔の念で胸がしめつけられました。いまでも心の傷になっています。

 

このコーナーでは、「親・家・片」の法律問題など、当事者としての実感をもとにして、連載していきたいと思います。

 

澤田先生の法律事務所 弁護士法人みお綜合法律事務所 http://www.miolaw.jp/

sawada澤田有紀 
弁護士。弁護士法人みお綜合法律事務所所属。奈良県生まれ。昭和60年大阪大学文学部英文科卒業後、商社勤務後エレクトーン講師に。阪神淡路大震災をきっかけに、「何か人の役に立つことがしたい」と一念発起。弁護士を目指す。1回で司法試験に合格し、平成12年に弁護士の道へ。専業主婦から弁護士になった「主婦弁」として各メディで活躍中。主な著書に『人生を変える!3分割勉強法』(祥伝社)、『カード&住宅ローン危機』、『相続でもめないための遺言書』(ともに主婦の友社)。

 

 

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