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編集長・古戸郷子からのメッセージ ~親の人生、生きざまを何よりも語る「もの」~

あなたにとって大事なものがあるように、親にも大事なものがあるはず。そう思うことで見えてくるもの

例年以上に好転に恵まれたことしのゴールデンウィークは、初めて、栃木県は益子の陶器市に出かけてきました。たくさんのお店やテントが並ぶ中で、すっと目に飛び込んできた、好きな器をいくつか手に入れて帰ってきて、早速、毎日の食卓にのせています。家に着くなり、家族のように馴染んでしまう。ほんとうに好きなものには、不思議な力があると感じます。

結婚してからひとつずつ気に入った器を集めて……、という素敵な暮らしを若いときから送ってきた方もいらっしゃると思いますが、私は全然。それこそ、結婚したときは、相当数、実家から、おそらく結婚式の引き出物であったとおぼしき、とても実用的な器を一応選んで持ってきて、その器をずいぶん長く使い続けてきました。

好きな器に代替わりしてきたのは、ここ数年のことです。仕事や子育てが忙しくて余裕がなかった、ということももちろんあるけれど、これが好き、というのがはっきり見えてきたのが、還暦も近づいてきた最近ということ。年を重ねることの意味は、その年にならないとわからないことばかりなのかもしれないなあと思う、きょうこのごろでもあります。

 

若い世代は、結婚したてでも雑貨屋さんの器でおしゃれな食卓を作っていたりしますが、自分の親世代はもっとずっと「もらい物」率が高かったような。私の子どもたちが小さかったころは、実家で食事をごちそうになることもたびたびあって、ときどき、見慣れない食器が加わっていることがありました。食器だけでなく、花瓶やタペストリーなども。

でも、そのころの私は、そんなことには全く興味がなく、その後、親家片をすることになったときも、食器の出自などは全く考えたこともなく、ほとんど使っていたものは処分をしてしまいました。

それから10年がたとうとしているいま、そんな小さな器などに、母がどこかで見つけたお気に入りもあったのだろうかと、ふと考えるのです。そして、大事にしていたものには、母の思いもつまっていたのかもしれないなと。

「もの」は今を生きる証、何よりも親を知る手立てかもしれない

子どもたちが独立して、大人から老人だけの暮らしになると、ものは増えていくのがふつうです。どうしてこんなに溜め込んだの、持っているのに何でまた買ったの?なんでこんなの大事にしてるの?・・・ついつい子どもとしては思いがちです。でも、親にとっては、それが何かの思い出かもしれないし、やっと好きなものに出会えたという「運命の出会い」かもしれない。それは、親世代が「自分の今」を生きている証でもあるのではと思うのです。

親の話を聞くのは、なかなかめんどうで、また切ないものでもありますが、元気なうちに、「もの」にまつわるいろいろな話を聞くと、ふだん遠くに離れていても、親がどんな暮らしをしているか、何を大事に思っているか、見えてくるような気がします。ものは、その人以上に、その人を知る手立てだと、いまになって思っています。


2015/05/09 | キーワド: , , , , | 記事: