専門家に聞く

スッキリ生活アドバイザー宮城美智子の「片づけ上手は老い上手」 第31回 ~ハッピーな老後のためのマイ片づけ 親家片がきっかけで、自分のモノの整理に着手 前編~ 

母の遺したモノを整理して、次はいよいよ
自分のモノ減らし 竹田和代さん・63歳

 

竹田さんは、宮城さんが何度もセミナーを開いている高齢者施設を運営する会社の管理職の女性。セミナーに立ち会っていたので、誰よりも、宮城さんの片づけ術に関する話を聴いている方かもしれません。彼女は60歳で定年退職し、急逝なさったお母さまの持ち物を整理。「次は自分の持ち物を片づけたい。身内は姉だけなので、何かあったときにまわりも困ると思うから」と、片づけを始めたそうです。

 

私は52歳のとき神奈川県の高齢者施設から転勤で、実家のある静岡県の本社に戻りました。すでに父は他界。母と、私より6歳年上の長姉、四女の私の暮らしが始まりました。

母が92歳のとき、私は60歳で会社をリタイア。これから女3人でのんびりした暮らしを、と思っていた矢先、母が心臓病で急逝してしまったのです。葬儀をすませ、ようやく少し落ち着いたころ、実家を片づけることになりました。

 

なにしろ、モノの多い家です。2002年に建て替えたときに家財道具を減らすチャンスはあったのですが、戦時中に大変な苦労をした両親は、捨てるということができませんでした。

私が、古い食器類を「これは、もう使っていないから捨てていいでしょう」と反対する母をおしきってゴミ袋に入れると、一日中、口をきいてくれません。そして次の日には食器がもとの場所に戻っていたことも。庭にプレハブの物置を設置し、それもひとつでは足りなくて、もうひとつ買い足し、食器や鍋などをぎっしり入れていました。

 

このような両親が遺したモノを、早めに片づけることを決心。長年、仕事で高齢者の方々と接してきて、年を重ねると片づけがどれだけむずかしいことなのか、目の当たりにしています。私も姉も60代ですから、今とりかかったほうがいいと思ったのです。

 

まだ使えそうなモノは、教会のバザーに出したり、生前、母が仲よくしていただいていた、お隣の家の方が引き取ってくださったり。粗大ゴミは、指定された日に収集場所に持っていくことにしました。

すると、今住んでいる市が合併したため、数カ月後には、粗大ゴミは自分で連絡をして取りに来てもらうシステムに変わり、しかも有料になるという情報が。「有料になる前に捨てなくては!」と、私と姉は、粗大ゴミの日になると、早朝から手押し車に不要な客用布団や座イスなどをのせ、収集場所まで何度も捨てに行きました。大変でしたが、「3月末までに処分する」という目標があったので、一気に片づけることができたんです。

ただ、6歳上の姉は「重いものは、もう持てない」と言うので、力仕事は私の役目。ある程度は若くないとできないことも多かった気がします。

 

親の遺したモノを片づけたら、次は自分の持ち物の整理にとりかかりました。

 

「お母さまのモノの処分、大変でしたね。でも、それが竹田さんの片づけスイッチをONにして、『今度は自分のモノを片づけよう』という気にさせたのだと思います」と宮城さん。その気になったら、さっそくとりかかることが大事で、「そのうち」と先のばしにしていると、いつまでたっても片づけはできないと言います。

 

(後編に続きます)

 

 

宮城美智子さんのそのほかの記事はこちらをクリック

 

宮城美智子さんプロフィール画像edited宮城美智子 みやぎ・みちこ スッキリ生活アドバイザー、収納コーディネーター

1947年滋賀県生まれ。50歳からアート引越センターに勤務し、主婦経験を生かしてアートエプロンサービス(家庭内の片づけをサポート)の担当部長となる。片づけや掃除の独自のノウハウを構築し60歳で独立。現在はハート引越センターの収納サポートレディ育成のほか、高齢者住宅の収納プランニング、講演活動、テレビ・雑誌などで活躍中。これまで1万人以上の片づけをサポート。特に高齢者の家にあふれるモノの整理をアドバイスし、多くの人から感謝されている。

宮城美智子オフィシャルサイト  http://theworks.co.jp/miyagi/
ハート引越センター http://www.hikkoshi8100.com/