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スッキリ生活アドバイザー宮城美智子の「片づけ上手は老い上手」 第25回 ~母の親家片は洋服との格闘~

ご自身の親家片では、なかなかモノを減らせずにいた母親に「(モノを)お嫁に出す」という言葉をかけ、母娘でともに作業を進めた宮城さん。順調に見えた片づけですが、後日あるものを宮城さんは発見したそうです。

 

10袋ものモノ減らしに成功! でも本当は……

幸い、知り合いのご主人が父と同じような体型で、背広をもらっていただけることになり、段ボール箱2個分を引き取ってもらいました。うれしいことに、ご主人は、現在も父の背広を着てくださっているそうです。

こうして、父の背広をお嫁に出した母は、持ち物を少し片づける気になったようでした。

もらい手のなさそうな父の服、自分の60年前の服などを「捨てる」と決心し、ゴミ袋に入れたのです。その数、10袋! やっと母もその気になってくれた、と私はホッとして千葉の自宅に戻りました。

 

しかし、これには後日談があります。あるとき、実家の押し入れを開けたら、奥のほうにまるで隠すように、その10個のゴミ袋が押し込んであったのです。一度は捨てると決めたけれど、結局は捨てられなかったのだと思います。高齢になってからのモノ減らしのむずかしさを、つくづく感じました。

 

亡くなった母が遺したモノを新幹線で通いながら1年かけて整理

90歳で母が亡くなってからの実家の片づけは、もっと大変でした。家のあちこちの押し入れや収納家具の扉を開けてみて、「たくさんのよそのお宅のモノを片づけてきたけれど、まさか自分の親がこんなにたくさんのモノを遺して逝くとは」と仰天。結局、私がときどき実家に帰って、片づけるしかありません。

 

生前に一緒に減らしたはずの母の洋服は、まだまだ山のようにありました。どれも生地やデザインは古いし、体の大きな母の服が合う親戚もいなくて、すべて燃えるゴミの日に出す以外ありません。

服を詰めたゴミ袋は数えきれないほどになり、弟が大変な苦労をして町内のゴミ集積場まで運びました。洋服を作ったときの端切れも箱いっぱいに保管してありましたが、これもすべて燃えるゴミとして処分です。

 

着物はさすがに洋服のようには捨てられず、しかし、伯母たちも「1枚もいらない」と言います。私は、母が一番気に入っていた着物と羽織、晩年に作っていた留袖などを数枚、帯を数本だけ引き取ることに。残りは、着付け教室をしている方が生徒さんの練習用に使ってくださるというので、お願いしました。

 

私が引き取った母の着物で、「これは着られないな」と判断したものは、思い出として一部を切りとって額に入れたり、人に頼んで袋帯を小さなタペストリーにしてもらったり。違う形にして残しています。

 

 

(第26回へ続きます)

 

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宮城美智子さんプロフィール画像edited宮城美智子 みやぎ・みちこ スッキリ生活アドバイザー、収納コーディネーター

1947年滋賀県生まれ。50歳からアート引越センターに勤務し、主婦経験を生かしてアートエプロンサービス(家庭内の片づけをサポート)の担当部長となる。片づけや掃除の独自のノウハウを構築し60歳で独立。現在はハート引越センターの収納サポートレディ育成のほか、高齢者住宅の収納プランニング、講演活動、テレビ・雑誌などで活躍中。これまで1万人以上の片づけをサポート。特に高齢者の家にあふれるモノの整理をアドバイスし、多くの人から感謝されている。

宮城美智子オフィシャルサイト  http://theworks.co.jp/miyagi/
ハート引越センター http://www.hikkoshi8100.com/